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「つき貫ける合気」研究会レポート

令和5年10月22日開催


 2023年10月22日(日)、東京都立川市近郊にて「つき貫ける合気研究会」が開催された。ちなみに「つき貫ける」とは、技の特性を端的に表した代表師範の造語である。

 取り上げられた技は、肘極め、四方投げ、二ヵ条の3種類であった。今回はいつも通り技に於ける力の流し方についての研究もやったが、主に相手が片手を取ってきた場合の対応に焦点を当てて進行されていった。その内容は合気道の技を研究していく上で非常に興味深いものであり、印象に残った。

 型稽古の中には相手に片手を取られてから動き始める技があるが、本来は持たれてから動くのではなく、持たれる前に相手を誘導していくべきであるとの事だった。なぜならば、持たれてからだと、相手が反撃しやすくなるからである。

 ただし、持たれる前に動くとしても、動き出すのが早すぎると相手にこちらの動きがばれてしまいやすい。そして遅いと当然手を取られてしまう。だから相手が取ろうとしたけれどそこに手は無く、相手は掛けの手の動きに誘導されて前方へバランスを崩してしまう形になるような絶妙なタイミングを見つけていかなければならない。

 そうなると、今度はタイミングを計ろうとして相手が出してくる手だけを集中して見てしまいがちになる。しかしそれだと相手の動きに対応出来ないのである。それは武器取りの技に於いても同様で、武器を見てしまっていては対応出来なくなるし、体術に於いても相手の突きなどの攻撃に集中してしまってはダメなのである。

 なぜならば、そもそも自分が片手を取るように誘ったとしても、相手がその手を素直に取ってくるとは限らないからである。蹴ってくるかもしれないし、もう一方の手で殴ってくるかもしれない。だから「違う攻撃で来るかもしれない」という想定を常にしながら、柔軟に変化出来る対応をしていくべきである。

 そのためには、全体を見るという広い視野が必要になってくる。「相手は必ず手を取って来るもの」と自分勝手な決めつけで対応してはいけないのである。

 ではどうしていくべきかというと、相手を部分的に見るのではなく、その全体を見ながら、攻撃に対しては感覚で動けるようになる必要がある。そのために全体を見て動けるような目付けが大切になってくるのである。

 しかしながら、相手の動きに対する先入観は型稽古だけをやっているとどうしても持ってしまいやすい。型稽古では相手の攻撃は常に定められているため、攻撃の変化に対する意識が希薄になるからである。だから様々な攻撃パターンに対して柔軟に対応出来る感覚を養っていくためには、受けと掛け双方がどのように動くかわからない自由攻防の中での稽古も必要になってくる。

 実際に私自身、今回の研究会の最中ですら、自分が片手持ちによる技を掛けた際に、いつの間にか相手が当然片手を取って来るものと想定して動いてしまっていた。それは恐らく普段の稽古より、受けからは技の名前通りの攻撃が当然来るものと無意識的に思ってやっているから、今回、目付けについての説明を聞いた直後なのにもかかわらず、いつものやり方が悪習として出てしまったのだろう。

 今後は目付けについて意識的に見直し、もっと客観的な視点で全体を見られるような感覚を養っていきたいと思った。

 そして今回はもう一点、興味深い話が聞けた。それは崩しについてだ。本来合気道の崩しは上下の崩しである。柔道などには前後左右の崩しもあるが、これはスポーツに特化したために生まれたものだそうだ。しかし柔道も元々は合気道と同じものだから、本来の崩しは上下になると考えられる。更に言えば、どの武道に於いても崩しは上下の崩しになるはずであるのだ。

 そして武道に於ける上下の崩しは、体格に恵まれない人にとって有利なように出来ている。ちなみに、合気道の達人と言われた先生方も体格は小柄であった。

 そして面白い事に、相手よりも身体が小さいと、それだけで上下の崩しとして成り立っているのだそうだ。なぜならば、相手が攻撃してきただけで、その軌道が上下の崩しの軌道になっているからである。

この崩しについての話からは合気道技のメカニズムの根本が垣間見られた気がして、とても興味深い内容だと感じた。

 思い返してみると、今まで自分は技を掛ける流れの中で、相手を崩すための動きを故意にやろうとしていた。しかし相手の攻撃そのものが崩しの軌道に繋がっているのならば、そんなに故意的な誘導をしようとしなくても良かったのではないか。それよりむしろ、故意的である方が相手を必要以上に誘導する結果となり、それはかえって相手に抵抗感を与えていただけなのではないかと思った。

 今後は相手の攻撃や動きの軌道に着目し、もっと自然な流れの中で相手を誘導出来る方法を考えていこうと思った。

 今回は先述の3種類の技について個別に研究をおこなったが、それぞれ掛ける形は違っていても、その根底には同じ原理があるのが感じられた。

 それは相手を技に掛ける所まで導くプロセスである。そしてそれは今回の技に限らず、全ての技についても言える事であった。

 結局、崩し方やその後に技を掛けるまでの誘導方法は同様であり、その全ての技に共通したプロセスこそが、相手を倒す部分よりも大切なのだという事に気づかされた事は、先に述べた印象深い話と合わせ、今回の大きな収穫だったと言える。

 ただし、そのプロセスを理解していくためには、つき貫ける合気の基本原理である、相手の中心に力を通すための方法をまず理解して出来るようにならなければならないだろう。

 私自身を例に挙げると、中心に力を通しているつもりでも実際には出来ていないのが現状だ。これは感覚的な話になるが、中心へ通そうとしても相手の中身の球体のような部分の表面上を力が滑って、その周りへ流れていってしまっている感じになっている。その流れが直線的に球体の中心を通るように貫通してくれれば良いはずだと考えている。

 だから、これからも中心へ力を通すための原理について研究を深めていこうと思った。

<合気道S.A. 広報部>