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第四十一回 実践(リアル)合気道
広域指導者資格認定合宿レポート

参加者の感想(1)参加者の感想(2)参加者の感想(3)

 合気道の開祖 植芝盛平翁は、戦前ある皇族から合気道という武道がどのような武道であるか見てみたいと演武を依頼されたが、本来合気道の技をひとたび掛ければ相手は、二度と立ち上がれないほどのダメージを負い向かってこられないほどの技であるから、高貴な方に偽物の技は見せられないと演武を一度は、断ったそうである。植芝盛平翁が目指した理想の合気道技は、それほど痛烈な技であったようだ。
 合気道S.A.は、そのような合気道技法を追求するために構え・基本動作・型稽古・組手を稽古体系に組み込み、独自性のある技法の修練を積み重ねている。また、大東流合気柔術の武田惣角翁や植芝盛平翁、養神館合気道の創始者である塩田剛三翁は、武術・武道修行の中から集大成ともいえる個性的表現のひとつとして演武を行っていたようである。
 ある武道修行者が、武道修行の初期過程で師匠の演武を模倣するのは必要な修行の一つかもしれないが、師匠は自己の武道修行から個性的な技法を導き出し演武の中で体現したのであって独創性あり斬新であった。それに引き換え、師匠の演武形態を模倣するのみに終始する演武を繰り返すのは武道家としていかがなものかと考えさせられる。著名な武道家が修行の中から見つけ出した武の技を模倣するのではなく、自己修行の中から体現できる武の技を表現するのが本来の姿であると確信する。

グループに分かれて自己の動きを他の人はどう見ているか客観的に観察する基本動作稽古風景

 平成29年11月11日(土)から12日(日)にかけて合気道S.A.主催の第四十一回広域指導資格認定合宿が武の技修得を目的に開催された。
 今回は、立ち姿のあり方の稽古から始まり、構えや基本動作の用意にはいる前の立ち姿がいかに重要であるかを考えさせられた。というのも、まず立ち姿のとき自分の核(中心)をしっかり締めてから構えにはいるのと、立ち姿に緊張感がないところから構えにはいるのとでは、明らかに構えの姿勢や精神的なものも含めて大きな違いが出てしまうのである。
 最初は、構えの形になった後の体勢がしっかりしていなければと考えてしまいがちだが、実はその前の立ち姿がより良い姿勢でなければ正しい構え等に繋がらないということを痛感した次第である。さらに修行が進めば、自己の核をしっかりと締めよう締めようとするのではなく、ごく自然に立っている姿が武道的になるという。これが構えの最高峰「構えがあってなしのごとく歩く姿が武になる」ということかと感じた。体捌きの稽古では、相手との間合いの取り方・誘い方・間の取り方と自己を塊化した早い遅いではない瞬時の移動変化など重要なことを経験したように思う。
 
基本技のグループ稽古(左)/ 教授参段審査風景(右)

 技法においては、すべての技法に言えることだが相手と接触しているところ捻じったり抑えたりするのではなく、相手と接触している部分を固定化し自己の核から発生させるベクトルによって相手の末端に力を伝え崩し、相手の崩れに合わせて固定している部分を寄り添うように移動させていくことが合気道技の確信的な技であることを認識することが出来た。
 また、今回基本動作・基本技・指導法・組手と盛りだくさんの審査科目があり、相当な体力と思考力が必要になるなど、指導者として必要不可欠な要素が含まれる教授参段の審査が実施され、受験者の今後の活躍を期待したい。今合宿も立ち姿から体捌き・技法と豊富な稽古が体験でき充実した合宿であった。

<合気道S.A. 広報部>




 社会人として習い事に使える時間は週1回(2時間程度)、多くても週2回であろう。合気道SAの稽古は1回50分。例えば基本動作は10種類左右各5回の所要時間10分。その中で基本動作の形を覚え、意味を意識しながら武術的な動作を体得するのは至難である。通常の稽古の時間内ではできない、じっくり考察をする機会としては広域指導者資格認定合宿は最適ではなかろうか。
 さて、今回も2~4名がチームを組み基本動作・合気道技を行い、お互いに指摘・改善策を探るというものであった。通常の稽古では決して行われない方法である。基本動作の意味合い・技の理合を意見交換し、納得しない部分は代表師範にアドバイスを受ける。決して一方通行ではない師弟本来の姿を垣間見た思いがした。この積み重ねが技の継承・発展、更には合気道会を牽引するものであると期待したい。
 今回、教授三段審査が厳粛に行われた。これからも教授陣が増え、陸続と師範へと昇華するであろうと思われる。




 平成29年11月11・12日の2日間、合気道S.A.主催による広域指導者合宿が開催された。
 今回の合宿で行われた内容は「基本動作・体捌き・SA有段技・打撃技」である。指導者合宿という事から、高度な技や複雑で難しい技ばかりを稽古するイメージを持つ方も多いと思うが、それに反し合宿においては基本動作というものを最も大切に、そして深く重点的に行うのである。
 S.A.における基本動作は稽古始めに必ず行うものではあるが普段の稽古においては、誤解を恐れずに言えば、それほど突き詰めた基本動作は行われない。時間的制限や各々の地力・体力・技量・目的等の諸事情により現実的では無いのである。しかし代表師範が常々仰っている通り、基本動作こそが技の全ての「核」である。その為、合宿では基本動作を深く重点的に突き詰めて行くのである。構え一つを取っても漠然と行うのでは無く、代表師範からの注意点を意識しつつ行うと本当に奥深く難しいものであるのだ。また合宿においては普段の稽古と異なり、2~3人のグループになり各々の基本動作をチェックしあう。そうする事により自己の動きを客観的にチェックする事が出来、ともすれば独善的なものになってしまいがちな動きや間違って理解している部分につき修正を行う事が可能となるのだ。勿論、疑問点等は代表師範にアドバイスをいただきながらである。
 余談ではあるが、自分自身以前から疑問に思っていた「某流派の基本動作には上半身の動きも有るのに何故SAの基本動作は下半身だけなのか?上半身の動きも有ったほうが動くイメージを掴み易いのではないか?」について代表師範のお考えを伺う事が出来た。詳しい内容は割愛するが、こういった疑問点等は普段の稽古においては中々質問する事が難しく、やはり合宿ならではのものであると言えよう。
 話を戻すが…それにより全ての動きにおいて重要であるのは「自己の身体を1つの塊とする・そしてその塊で動く・自己の核の意識を持つ(各々のレベルに応じて)・摺足等の動きでは足を摺るのが目的では無く自己の核が移動する事により結果的に摺足になる・速やかな体重移動・常に具体的な技を意識しつつの動き」等々という点であるというのが理解出来た。今回の合宿では新たな気づきや独善的になってしまっていた点も複数見つかり、修正に改善と非常に有意義な時間を過ごす事が出来た。
 普段から合気道に真摯に向き合っているS.A.の稽古生、また他流派の方々にとってもS.A.の指導者合宿というものは非常に奥深い有意義なものであり、合気道という武道の深淵の一端に触れる事が出来る数少ない機会でもあると思うので、是非とも物怖じせず積極的に参加してみる事をお勧めするものである。
 最後に、この合宿ではS.A.本部所属 伊藤2段の教授3段試験とSA京葉所属 宮内教授3段の教授4段免状授与式が行われた。両氏の更なる御活躍と御発展を切に願う次第である。




 一年に二回行われる、合気道S.A.の広域指導者資格認定合宿。普段であればそれぞれの場所で稽古に励む稽古者や指導員が集まり、櫻井師範に直接質問などができる場である。  受けた側が何をされているのかすらわからず、気が付いたときには何もできない状況にされるという、神秘的にすら感じる技が多数存在する合気道ではあるが、それだけに数年かじった程度では身に付ける事は難しい。櫻井師範もこの合宿を終えて急に自己の技が上達するという事はあり得ない、と平然と口にする。この合宿を通じて目指すべき目標、自分に必要と思われる技術と力、その根拠、そのための道のり、道のりを歩む為の手段、心持ちといったものを一人一人が考え、見つける事が重要であり、頑張って身体を動かしていい汗をかくという稽古ではなく、頭や意識の稽古としてこの合宿に与えられた時間を有効に使って欲しいという櫻井師範の言葉から始まった。  まず立っている状態での心持ちや身体の使い方を丁寧に櫻井師範が説明し、その後実際にそれぞれが師範の言葉を胸に立ち方や構え方、動き方を表現しようとする。数人のグループを作り、そのグループ内で多角的に確認しながら試行錯誤を行ってゆくのだが、数人で見てみると出来ているとなっている者は非常に少ない。「歩く姿が武である」とは櫻井師範の師匠である合気道養神館の塩田剛三氏が、合気道開祖であるところの植芝盛平氏から言われた言葉だという。言葉の奥深さ、難しさを改めて感じる言葉と稽古者は感じたであろう。  型稽古と同時に組手や試合を組み込んだ合気道S.A.ではあるが、櫻井師範は今回のような合宿に限らず、試合前であっても構え・基本動作・体捌きの重要性を口にする。「正しい構え」に近づく為には「正しい立ち方」に近づける必要があり「正しい立ち方」に近づけるためにはまず心持ちの段階で緊張感をもって立つ必要が……と、最終的には全てが重要となってくるのが合気道の面白さであり難しさであり、怖さでもある。普段からの意識や考えすら重要という、まさしく人生そのものとの類似点が見えてくるからだ。  基本動作について櫻井師範は「目で見たら足が前に出て身体がその後前に出ているように見えるかもしれないが、実際には全身が一塊になって一気に前に出るのが理想。ねじれ、あおり、上下動といった無駄な動きは全て排して、地面の上を滑るように動くことを目標とすべき」とまとめ、稽古者たちも心持ちを新たにした。  次に体捌き。体捌きにおいて重要なのは、相手があと一歩で手が届くという程度の距離でまず間合いをしっかりと取り、その後手を出そうとするその刹那に誘いを掛けることで相手を加速させ身体も手もひっこめられない状態にし、自己を一塊として瞬時に相手の側面まで移動させるという、大別して3つの工程を瞬時にほぼ同時に行う事である。言葉にすれば説明は可能だが、実際に行ってみると相手の手が届くぎりぎりの間合いを把握することすらも難しい。ここでも興味深いのは、全てが重要かつスムーズに繋がっており、どこか一か所のみを集中的に練習しても、体捌きを表現することは全く出来ないところである。基本動作が至らない場合には「体捌きの入り口にも立てない」という事を理解しながらも、今出来ることで必死に理想の動きを表現しようと稽古者たちは試行錯誤を重ねる事が重要そうである。技はその集大成である。  相手と接触している部分を小手先でコントロールするのではなく、むしろそこは関係ないかのようにただその場に固定させ自己の全身を動作させることで、あたかも相手は自己の動きや螺旋の動きに巻き取られながら崩れ、自己の思惑通りに相手を制する形に近づけてゆく。自分の思惑だけで相手を動かそうとすると、前記のように相手を小手先でコントロールしようとして無理な動きとなり、技の世界からは遠ざかったものとなりやすいところである。構え・基本動作・体捌きの正確な延長上にあるのが合気道S.A.の技となるため、やはり基本動作や体捌きが至らない場合には「技の入り口にも立てない」のが歯がゆいが、技の稽古を積むことによって体捌きや基本動作にフィードバックできるものもある為、たゆまず稽古を続けていくことが必要と理解できた。
 櫻井師範はその動きのポイントを「核(自己の中心)」と表現し、立っている段階で「核」の位置を把握し、構え・基本動作・体捌き・技、全てにおいて一瞬たりとも抜ける事のないようにすることで「核」からの力を自己の末端に伝え、それを相手の末端から相手の「核」に作用させることを意識すると良いと口にする。合気道S.A.の全ての動作において本来認識し、締める必要があるという「核」という概念については非常に理解が難しいが、その重要性を体現している櫻井師範という存在が目の前でその動きを披露し、実際に手を取って伝えてくれる広域指導者認定合宿は、実践的な合気道を身に付けたいと望む者にとっては重要な体験を得られると断言できるだろう。  また今回の合宿では教授参段の受験者が参加していた。教授参段は、体系的に合気道S.A.の技術体系を理解できていると判断された者に与えられるものであり、基本動作、一カ条~四カ条、肘締め、肘極め、側面と正面の入り身投げ、上段と下段の腕絡み、小手返しの11技法に対して、3種類のパターン違いすなわち33種類の技をしっかりと憶え、理解した上で実演と説明が求められ、さらには体力と精神力が低下しているところでの組手を行うという過酷な試験を経て問題がないと櫻井師範が判断して、ようやく允可されるものとなる。厳しい試験ではあるが、そこに挑もうとする受験者の緊張感や努力は参加者にも 伝わる為、皆が緊張感をもって稽古に挑むという良い刺激をもたらしていたように思える。受験者の今後の活躍に期待したい。
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国際実践合気道連盟「合気道S.A.」